夏の雪(新潟県 妙高高原) | コワイハナシ47

夏の雪(新潟県 妙高高原)

小学校で体育の教師をしている田中さんが体験した話。

今から三十年ほど前の夏のこと。大学のダンスサークルで夏休みを使っての合宿が決まった。新潟県の妙高高原で、総勢八十人で借りることになった。

日程は四泊五日。宿に到着すると田中さんは先輩たちと同じ部屋に割り振られた。

その部屋は宿の一番奥の隅にある部屋なのだが、そこはまわりの古い建物と違い、新しく増築されたようで「きれいな部屋でラッキーですね」と先輩たちに声をかけた。田中さんは夕食を済ませると明日から始まる厳しい練習に備え、早めに休むことにした。

部屋には冷房がなく、寝苦しい夜ではあったものの、移動と練習の疲れで先輩たちはすぐに寝息をたてはじめた。ところが、自分はその逆でなかなか寝付けない。

眠れないとなるともう仕方がない。布団に寝転がって天井を見つめながら明日のダンスの振り付けのイメージをして朝を待つことにした。

時刻は二十三時をまわり、隣の部屋だけでなく宿全体も静まり返っている。

皆おとなしく眠っているようだ。

山に囲まれたこの古い宿は東京とはまるきり違い、聞こえてくるのは虫の声のみ。

「まるで時が止まっているみたい」

小さくつぶやいた時だった。部屋の出入り口のドアがカタカタと音を立て始めた。

田中さんは五人部屋の一番端に布団を敷いており、足のすぐ先にはドアがある。

気になって上半身を起こしてドアの方を見る。音はまだ鳴り続けている。

(地震?)

周りを見渡すが、揺れてはいない。ドアだけが鳴っているのだ。その妙な音の原因はわからない。田中さんはドアを見つめながら、ただじっと座っていた。しばらくすると今度はドアノブがゆっくり回りはじめた。

「……誰?」

そう言った瞬間、目の前のドアが開き、冷たい空気が部屋に流れ込んできた。

(な、何?)

ドアの外には──少女が立っている。

おかっぱ頭にスカート姿だということは認識できたが、暗くてよくはわからない。

再び冷たい空気が部屋の中に入ってきた。

そして頬に、微かに冷たい何かが触れる。

それを手で確かめた。

少女の後ろから──雪が部屋に入ってきていた。

(……夏に、雪?)

先ほどまで寝苦しいほどの暑さだったこの部屋は、いつの間にか真冬のように冷え切っていた。少女は、一歩部屋の中へ入ると「お姉ちゃん、そこで何してるの?」と声をかけてきた。その瞬間、ドアの外から白い何かが、勢いよく流れ込んできて少女をなぎ倒した。

「お姉ちゃん、助けて」

微かに少女の声が聞こえた。それと同時に田中さんの意識は途切れた。

翌朝、目を覚ますと先輩たちは先に起きて布団を畳んでおり「お、田中、寝坊したな。朝ご飯抜きね」と嫌味を言われてしまった。宿の外では蝉がやかましく鳴いている。

(昨日は夢を見たんだ。真夏に雪なんて降るわけがないもんな)

そう思い結局、昨日の出来事は誰にも言わずに黙っていることにした。

朝食の前には山の中のコースをランニングすることになっていたので、急いで着替えを済ませ、先輩たちと一緒に宿を出て走り始めた。

宿から百メートルほど進んだ時だった。

どこからか視線を感じ、スピードを緩めてみると、少し先に新しい地蔵がポツンと立っている。田中さんは走りながらも、そっと手を合わせ、先輩たちの後を追いかけた。

ランニングを終えて、朝食の会場の広間へ向かう間も地蔵のことが気になって仕方ない。先輩にはみつからないようにトイレに行くふりをして、この宿の番頭さんに聞いてみた。

すると、はじめは黙っていた番頭さんだったが、昨夜見た少女のことを話した途端、みるみる顔色が変わって涙ぐみながらこう説明しはじめた。

「昨年の冬なんですが、裏山の雪が雪崩を起こしまして。宿の隣に建っていた母屋をつぶしてしまったんです。母屋には、ここの宿のお嬢さんがいまして……風邪で幼稚園を休んで家にいたところを雪崩に巻き込まれまして。かわいそうに、亡くなってしまったんです」

「雪崩……ですか?」

「はい。その場所は新しく建て直しまして。ちょうど一番奥の端の角部屋が、お嬢さんの部屋があったところなんです」

番頭さんは、肩にかけていた手ぬぐいで涙をぬぐう。

その部屋はちょうど田中さんが泊まっている部屋だった。

このことを聞いて昨日の出来事が夢ではなかったと確信した。

そしてなぜ少女が「そこで何をしているの?」と聞いてきたのか理解した。

「ごめんね、あなたの部屋なんだもんね」

裏山にあった地蔵は、少女の供養のために建てられたものらしい。

今でもその宿は現存し、営業を続けている。

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