パチンコ嫌い(愛知県名古屋市中村区) | コワイハナシ47

パチンコ嫌い(愛知県名古屋市中村区)

今は東京で記者の仕事をしているT氏は、大学で上京するまで名古屋の繁華街にほど近い場所で育った。

当時はパチンコが全盛で、特に名古屋はパチンコ文化発祥の地と言われ、駅前のみならず、幹線道路には大型のパチンコ店が軒を連ねていた。T氏にとってもパチンコ店は見慣れた日常の風景だった。

T氏が通う幼稚園にはパチンコ店の経営者の息子がいた。二人は友達になったこともあり、T氏は自宅近くにある、彼の親のパチンコ店によく出入りした。当時は規制も緩く、大人達に混じって、拾った玉でこっそり台で遊ぶことも珍しくなかった。そんなおおらかな時代、T氏がいつものように経営者の息子と店で玉を拾っていると、ふと小便がしたくなり、一人で店の奥にあるトイレに入った。

トイレの中は、思いのほか綺麗に掃除され、T氏はそこで小便器に向かって用を済ませた。

便器の中に置かれた白い玉のような芳香剤から放たれる強い香りに戸惑いながら、ズボンのジッパーを上げようとした時、ふとその手が止まった。よく見ると、手首をつかまれていた。そのシワだらけの細く痩せた手は背後へと伸びている。

「よぅ、にぃ…ちゃん……」

震えるような、しわがれた男の声が、頭から聞こえた。

T氏は思わず見上げたが、誰もいない。

振り返っても同じだった。いつの間にかつかんでいた手も消えていた。

T氏は不思議に思いながら、辺りを見た。

みっ……しっ……

何かがきしんだ。T氏が聞き耳を立てると、小便器と向き合う、一番奥の個室が半開きになっていた。

恐る恐る近付き、ドアから中を覗いた。和式便器の横に人が立っていた。いや、正確には壁にもたれるように中腰になっていた。うなだれ、上半身は裸。脱いだシャツは首に巻かれて、背後の木壁のひび割れた部分に引っかけられていた。

T氏はトイレを出て、顔なじみの中年の店員に声をかけた。何をどう説明したのか覚えていないが、異変を察した店員はトイレに駆け込んだ。

「ああ、やっちゃったよ」

店員は呆れ、面倒臭そうな顔をして、トイレの前に清掃中の立て看板を置いた。

T氏は必死に動揺を抑えながら店内に戻り、パチンコ店の息子に、トイレで人が死んでいたことを打ち明けた。

息子は特に驚くこともなく、パチンコ店のトイレで自殺はよくあることだと話した。今でこそなんとなくわかるが、当時はどうして店のトイレで自殺するのか、不思議に思ったものだ。息子によると、彼の父親は、別のパチンコ店や喫茶店も経営していたが、中でもこの店のトイレは月に数人自殺することもある程やばいらしく、「子供だけで絶対に入ってはいけない」と釘を刺されていたという。

「あれ、T君に言っていなかったっけ?」

息子は何食わぬ顔で笑うが、T氏は初めて聞く話だった。

その後、T氏が子供一人でトイレに入ったことが、店員を通じて、息子の父親に知れ、息子はT氏の身代わりなのか、熱湯の風呂に入れさせられるなど、かなり厳しいお仕置きを受けたらしい。それを知ったT氏はなんとなくパチンコ屋の息子と疎遠になり、店にも近付かなくなった。

「今でもパチンコ店に近付くだけでも嫌な気持ちになるのは、当時の思い出からでしょうね」

T氏は、トイレで見つけた、首つり死体の様子を今でもはっきり覚えている。そして小便器の前で彼の背後に立っていた男のことも。

「たしかに手首をつかまれたんです。声も聞こえた。でも、姿はなかった。最初は自殺した人と何か関係があるのかなって思ったんですが、たぶん違いますね。声ももっと年上だったような気がします」

店はT氏が中学に入る前に閉店し、家族もどこかへ引っ越してしまった。

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