旧伊勢神トンネル(愛知県豊田市) | コワイハナシ47

旧伊勢神トンネル(愛知県豊田市)

愛知県屈指の心霊スポットで知られる「旧伊勢神トンネル」。

明治三十年(一八九七年)に開通し、国の有形文化財に登録されている、歴史あるトンネルだ。昭和三十五年(一九六〇年)に「新伊勢神トンネル」が開通したことで、その目的を終えたのだが、今でも普通に通ることができる。

山奥にひっそりとたたずむ年代物のトンネルは、様々な曰く付きの伝説を秘めていそうだが、実際にはこの旧トンネルでは表立った死亡事故や事件は起きていないらしい。むしろ新トンネルの工事中に死亡事故が発生していたり、旧トンネルの周辺でも伊勢湾台風の土砂災害で三人の親子の死者が出ている。

そのせいか、新トンネルでは女性の霊が現れ、旧トンネルには子供の霊が現れるといわれる。ここから、新トンネルでは「女性を車に乗せたらいつのまにか姿が消えていた」、旧トンネルでも「子供の霊を目撃すると、あの世に引き込まれる」「女性が行方不明になった」といった真偽不明の証言が残されている。

他にも、肝試しなど、興味本位で旧トンネルを訪れた人々には「帰宅後に高熱を発して何日もうなされた」「自宅で変死を遂げた」など、トンネルを出た後に様々な災難に見舞われるという。まさに最凶の心霊スポットらしい不気味な噂は後を絶たない。

私自身、旧伊勢神トンネルの噂には以前から興味を持っていた。

実はこれまでロケハンや取材などの仕事絡みを除けば、プライベートで心霊スポットを訪れたことは一度もなく、なかなかトンネルを訪れる機会に恵まれなかった。しかし今回、執筆するに辺り、どうしても一度訪れておきたかった。

そこで私は、久々に監督した映画「劇場版 恐怖のお持ち帰り 〜ホラー映画監督の心霊実話怪談〜」の名古屋シネマスコーレでの舞台挨拶の後、レンタカーを借りて、旧伊勢神トンネルを目指すことにした。

名古屋からは高速道路を使って一時間半。最寄りのインターで下りると、そこはすでに深い山合いだ。そこからさらに山道を走ること一時間以上。本当にこのルートで大丈夫なのかと不安に思っていると突如、今までとは明らかに雰囲気の異なるトンネルが現れた。カーナビ画面で確認するまでもなく「新伊勢神トンネル」だった。

新トンネルとはいえ、完成から既に半世紀以上が経過し、独特の圧迫感がある。旧トンネルと比べても実際の怪異の噂が多いというのもうなずけた。ただし観光地と観光地を結ぶルートのトンネルのため、夜間でも交通量が多く、壁や天井、路面もきれいに整備されているため、心霊スポットとしては少々物足りなかった。

この新伊勢神トンネルを走り抜けると、すぐに左手に細い道が現れる。ここが「旧伊勢神トンネル」の入口らしい。

一度、車を止めて外に出てみる。背後の新トンネルは、相変わらず車が絶え間なく通るが、旧トンネルにつながる道に入ってくる車は一台もなかった。有名な心霊スポットだけに、もっと多くの人が訪れるものと思っていたが、全くの拍子抜けだ。

さて、深夜ではないものの、辺りは日が落ちている。旧トンネルにつながる道は完全な山道で、外灯もなかった。車とはいえ、誰もが一度はためらうだろう。

もちろんここまで来て引き返すわけにもいかず、私は決意して車のアクセルを踏んだ。

道は車が一台通るのがやっとの細い道。もしも前から車が来たら、すれ違うことは困難で、広めの道までバックして戻るしかない。しかし山の斜面を切り拓いた道は、ガードレールも一部しかなく、運転を誤ればいとも簡単に崖から落ちてしまうだろう。

おまけに道幅は徐々に狭くなる。慣れないレンタカーの運転もあって、車両の感覚がなかなかつかめない。このままでは危険と判断した私は悩んだ末に、山の中腹の、多少道幅が広くなったカーブの奥に車を止めて、旧伊勢神トンネルまでの残りの道のりを歩くことにした。

ハンディライトを持って山の夜道をひたすら歩く。まさかこのタイミングで山登りに挑戦するとは思ってみなかった。途中には「落石注意」「クマに注意」と看板が立ち、少し後悔したが、戻るのも大変だった。

辺りは真夏にもかかわらず、空気がヒンヤリとして張り詰め、汗をかかないのは救いだが、山を登っていることには間違いなく、妙に心臓の鼓動が高まり、息苦しさを覚えて、足取りもひどく重く感じられた。

途中に外灯はなく、通り過ぎる車も皆無のため、本当にこの道で大丈夫なのか、何度も不安な気持ちにさいなまれた。このまま遭難したら大変だろうなと緊張しながら、三十分程歩いただろうか。

やや道が開けたかと思うと、木々に囲まれた場所に旧伊勢神トンネルが姿を見せた。

トンネルの手前には事故防止のためなのか、外灯が立ち、トンネルの入口を照らしていた。しかしトンネルの中には照明が一つもなく真っ暗だ。幅は車一台がやっと通れるほどで、大型車なら両サイドがこすれてしまうかもしれない。とはいえ車なら一分程度で通り抜けられるほどの短いトンネルだ。

私はハンディライトをトンネルに向けた。やはり車のハイビームほどの威力はなく、弱いライトは数メートルで闇に飲み込まれた。実に心許ない。

車もないし……とりあえず歩いて入ってみるしかないな。

私は他の心霊スポットを訪れた時と同様、トンネルの入口で手を合わせ、目を閉じて一礼した。

よし……。私は決意してトンネルに踏み込もうとした。

その時、トンネルの闇の先で、エンジンの音が響いた。そして強いライトが灯った。車だった。

私は一度トンネルから外に出て、道路の端に立った。車はトンネルを通り抜け、私と向き合うように、道の脇に寄せて止まった。車から出てきたのは、三十代位の二人組の男たちだった。二人は私を見て軽く微笑んで「どうも」と会釈した。

二人はトンネルの入り口を見上げて、携帯で写真を撮っている。

その様子を見ながら、今度は私が歩いてトンネルに入った。

他に人がいるという安心感もあってか、当初抱いた緊張感はかなり和らいでいた。

トンネルの古い石壁は確かに異様な迫力があった。あちこちから水がしみ出し、それが不気味な模様を作り出す。ただ壁には至る所に落書きが書かれ、雰囲気が損なわれていたのが残念だった。これもトンネルの心霊スポットではよくある光景だ。

途中には工事用の待避口らしき、壁の窪んだ跡が確認されるなど、明治時代のトンネルらしい名残も見られた。

地面は壁と同様に水漏れがひどく、足下は泥でぬかるんでいる。トンネルを進むと、ますます外気以上にヒンヤリとして、漂う空気は重く張り詰めていた。

トンネルの中では特に何かが起きることもなく、歩いて五分程で反対側へと抜け出た。

何事も起きなかったとはいえ、またトンネルに戻るのはちょっとためらいがあった。

しかし車は中腹に置いたままだし、戻るしかないよな……。

私は再びハンディライトを照らしてトンネルに入った。二度目は最初の時よりも時間が短く感じられた。

トンネルを出ると、まだ二人はトンネルを眺めて話をしている。

私もカメラで撮影を始めると、男性の一人から「よくあのトンネルを歩いて行けますね?」と感心されるように声を掛けられた。

「僕も子供の頃一度歩いたことがあったけど、それっきりで……」

聞けば男性は昔のこの近くに住んでいて、ずいぶん前に引っ越したものの、東京の友人と共に二〇年ぶりに訪れたというのだ。

懐かしげにトンネルを見上げる彼によれば、この旧伊勢神トンネルは自分が生まれるずっと前から、地元で有名な心霊スポットだったという。特に新トンネルが開通するまでは、多くの人が普通にここを使用していたため、幽霊などの目撃も珍しくなかったそうだ。

ただ、周辺では事故やトラブルも少なくないため、大人達からは「夜に子供だけで通ってはいけない」と厳しく言われた。

「でも、そう言われちゃうと、やっぱり一度は行きたくなるでしょ」

彼は少年のような笑みを浮かべた。

こうして小学五年の夏休み、彼は友達と子供同士でトンネルを通る肝試しを行った。

〝夜、トンネルを通るときは振り向いてはいけない〟など、大人達から聞いたルールを確認し合いながら、彼らは地元の盆踊り大会の帰り、旧伊勢神トンネルを訪れた。

「今考えると、夜は暴走族などのたまり場になるから子供同士では危ないっていう意味もあったと思うんですけどね」

その日の夜のトンネルは他に人の姿もなく、しんと静まっていた。それはそれで不気味さがいっそう増して、誰もがトンネルに入るのをためらった。しかしリーダー格の一人が「入るぞ」と声を張り上げ、彼らは覚悟を決めて一斉にトンネルに駆け込んだ。

懐中電灯だけの明かりでは心細かったが、それでも立ち止まることなく、皆、緊張しながら前に進んだ。

何事もなくトンネルの真ん中辺りにさしかかった時、ふいに背後で地響きの音のような音が聞こえた。一瞬それがうめくような子供の声に聞こえて、彼は思わず振り返った。

背後には何もなかったが、ルールを破ってしまった彼は内心(しまった)と思った。

その時、再び地響きが鳴り、彼はうろたえた。すると、自分たちが入ってきた入口から強いライトが照られた。地響きの正体は車のエンジン音だった。一台の軽トラックがトンネルの幅ぎりぎりにスピードを上げて突進してきた。

「おい、ちょっと、まずいよ」

一人が焦りながら懐中電灯を車に向けるが、車は気付かないのか、スピードを緩める気配はなかった。

別の一人が地面の石を拾って車に投げつけた。石はトラックのバンパーに当たったが、スピードは落ちない。

「うわああ!」彼らは叫びながら、次々と石を拾ってトラックに投げつけた。その一つがフロントガラスに当たり、ヒビが走ったところで、車は急停止した。

運転していたのは地元の農家の人だったが、子供達が前方にいることには全く気付かなかったという。

「今思えばトンネルの待避口とか隙間に逃げれば良かったんですけど……。やっぱり振り返ったことで僕もすっかり動揺してしまって、パニック状態でしたね」

彼はそう自嘲気味に当時を振り返った。

彼とはしばらく伊勢神トンネルにまつわる話をした後、二人は車に乗り込み、トンネルを戻ることなく、下りの山道を走り去っていった。

私はもう一度トンネルの中を歩いてみた。彼の話を聞いた後だけに、わざと一度振り返ってみたが、何も起きなかった。

トンネルを出た私は最後に手を合わせて一礼し、トンネルを後にした。

今度は山道を歩いて下り、車を止めたカーブの奥へ戻った。先程の二人の車の通行にも邪魔にならなかったようで、道を塞ぐように乱暴に止めなくて正解だったと、ほっとした。

車に乗り込み、エンジンをかける。上りのまま、山肌に車を横付けしたので、国道に戻るためには、一度Uターンしないといけなかった。

ハンドルを切りながら、いったん車を頂上に向けて坂を前進させようと、アクセルを踏んだ。すると突然エンジンの音が急速に弱まった。メーターを見ると、バッテリーなどの警告ランプが全て点滅し、真っ赤になった。

ずっ……という小さな音と共に、車体が後退を始めた。

えっ、おい……。アクセルを何度踏み込んでも反応がない。エンジンが完全に止まり、車がゆっくりと後ろへ下がった。その先にはガードレールもない、崖が広がっていた。

何度アクセルを踏んでも、エンジンはかからない。車がさらに後退し、崖が目前に迫った時、私はとっさにハンドブレーキを引き上げた。

車は道を塞ぐようになんとか停止した。あと一メール少々で車は崖から真っ逆さまだった。車の破損どころか命まで危なかった。

パネルのメーターの表示は、相変わらず警告のランプで真っ赤になっている。

私は恐る恐るエンジンをかけ直した。しかし何度やってもエンジンはかからない。

ハンドブレーキをかけているとはいえ、下り坂だけに、心なしか、ずっ……ずっ……と、少しずつ車体が後ろに下がっているように思われた。

まいった……。私は焦りながら携帯を見た。幸いこんな山奥でも携帯がつながる。私はレンタカー会社に電話し、今の状況を説明した。

応対した係員も戸惑いながら「たぶん何らかの原因でエンジンがかからないんだと思います。とにかくまめにエンジンをかけ直してみて下さい」と説明した。

それはわかっているんだ……。そうしている間にも少しずつ車体が崖に近付いている気がして、私は再びエンジンをかけ直した。

お願いだ……。祈る思いでエンジンキーを回した。何度も何度も回した。すると二十回程挑戦して、やっとエンジンがうなりを上げた。パネルの警告も消え、全てが正常に稼働した。

私はハンドブレーキを下げて一気に車を加速させ、なんとか無事にUターンを終えた。

その後、車は何事もなかったかのようにスムースに運転でき、予定の時間にレンタカー会社に返却できた。

改めて電話で応対した係員に話し、車を点検してもらったが、どこにも故障は見当たらず、係員は首を傾げるばかりだった。

シェアする

フォローする