平和公園の白いもや(愛知県名古屋市千種区) | コワイハナシ47

平和公園の白いもや(愛知県名古屋市千種区)

これは私が高校時代に体験した話。

当時、私は、地下鉄の星ヶ丘駅から市バスに乗って私立高校に通っていた。

ある夜、所属していた部の部室に忘れ物をしたことに気付いて、自宅から取りに行くことにした。深夜に近い時間だけに、すでにバスはほとんどなく、仕方なく自宅から自転車に乗って学校に行くことにした。

少し憂鬱なことがあった。それは通常、星ヶ丘駅から学校へ行くまでの間に、巨大な墓地を通り抜けなければならなかったことだ。平和公園と呼ばれるそこには、一四七ヘクタールにも及ぶ敷地の一画に、おびただしい数の墓石がひしめいていた。終戦後の戦災復興事業で区画整理されたという。小学生の頃、写生会で公園を訪れた時には、空襲で焼かれた戦死者や、血まみれの軍人の霊が現れるらしいと友達が騒いでいたが、さすがに高校生にもなると、そんな噂も耳にしなくなった(もっとも〝心霊スポット〟と呼ぶにはあまりにも身近すぎるせいもあったが)。

とはいえ、ふだんは登下校のバスの車窓から眺める光景も、いざその場所を夜中に一人で通り抜けるとなると、やはり緊張の度合いが高まった。

遠回りして行く方法もあったが、直線距離では、丘の上にある学校に断トツで早く着くため、私は自転車で平和公園を突っ切ることにした。

決意して、いざ走ってみると、道には、自転車はもちろん、通り過ぎる車もあまりなく、私は車道を独占できた。蒸し暑い夏場だけに体をすり抜ける風がむしろ心地よいほどだ。

道の左右を挟んで延々と並ぶ墓石は、道にぽつんぽつんと立つ外灯にうっすらと照らされ、奥は深い闇に包まれている。自転車の小さなライトが頼りの狭い視界も、墓地の真ん中を走っているという薄気味悪さを和らげていた。

むしろ信号もないまま、上り坂をひたすら走り続ける体力の方が持たず、途中、スピードを緩めながら、なんとか丘の上の学校にたどり着いた。

当時の学校は警備も手薄で、人気のない校庭に入ると、校舎一階の、鍵のかかっていない部室の窓を開けて、苦労もなく忘れ物を手にした。

背中のリュックに忘れ物を入れて、私は再び自転車に乗った。

帰りは、同じように平和公園を走った。今度は下り坂。行きよりもスムースに、なだらかな坂を下りていくだけだった。行きよりも深夜の時間に近付いたせいか、追い越す車も、通り過ぎる車もなかった。ペダルに足に乗せているだけで、自転車はぐんぐん加速していった。

こりゃ、快適だな。

しんと静まり返った空間に、風を切る音と共に、二つの車輪が軽快に回転する音が心地よく響いた。

公園の中腹を越えた辺りだろうか。

ふと、においが鼻腔をくすぐった。

ん……なんだ……?

私は風にまじったそのにおいを鼻に吸い込んだ。

線香の臭いだった。ほのか、ではなく、強い臭いが鼻をついた。

私は改めてここが愛知屈指の巨大墓地であることを実感した。

行きは、線香の臭いなんかしなかったのに……。

たしかにどこからともなく風に乗って、線香の香りがすることは過去にもあるにはあったが……これはそういうレベルじゃない……。

私は再びペダルをこぎ始めた。

……とにかく早くここから出よう。

しかし自転車のスピードは確実に速まっているはずなのに、線香の臭いは途切れることがなかった。

うそだろ……。まるで自分を追いかけてきて、頭から覆い被さるように、辺りは強い線香の臭いに包まれた。

なんなんだ……いったい……。

立ち止まれば、さらに臭いに包まれかねない。

これじゃあ……まるで煙り……。

息苦しさを覚えた私の中で、不穏な妄想が浮かんだ。

……まさか……空襲で焼かれた人たちの……。

その時、前方の闇に何かが照らされた。

えっ……。

私は自分の目を疑った。

行く手を塞ぐように、下る道一杯に白いもやのようなものが立ちこめていた。

なんだ……霧か……? こんな真夏の夜に……?

それは道一杯に白く広がり、音もなくぐんぐんと近付いてくる。

もはやUターンする時間もなかった。

くそっ、このまま突っ切るしか……。

近付くにつれ、私はその白く異様な光景に、昔のニュースを思い出した。田舎道で大量発生したカゲロウが飛び交っている光景にどこか似ていた。

……虫なのか……? その中に突っ込むのかよ……。いや、一気に行けば……。

しかし目前に迫っても、その白いもやの壁はぼんやりしたまま、像を結ばなかった。ただ至る所に凹凸や陰影が感じられた。

今思えば、そう見えただけかも知れない……。しかし、それは確かに丸みを帯びて、すらっとした……人影のように見えた。

ゆらゆらと白いもやの中に、無数の人影が紛れるように立っている。

私はとっさに目を閉じ、息を止め、全力でペダルをこいだ。

どろっとした重い空気が、頬や耳、首筋、腕にまとわりついた。

私は一分ほど目を閉じたまま自転車を走らせて、止めた。

目を開ける。辺りは静寂と闇に包まれていた。道の左右には、相変わらず墓石が並ぶようにひしめいているが、もはや線香の臭いはしなかった。

周囲を見ても、白いもやの痕跡はどこにも見当たらない。私は戸惑いながらも、再び駅に向かって自転車を走らせた。

帰宅した私は、風呂場で汗だくになった自分の体がいぶされたように線香臭いことに初めて気付いた。臭いは何度も洗っても数日落ちることはなかった。

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