トイレの……(愛知県名古屋市西区) | コワイハナシ47

トイレの……(愛知県名古屋市西区)

名古屋のシネコンで働くK氏が四十年前、小学生だった頃の話。

K氏の学校では、戦後間もなく建てられた木造校舎が現役で使われていた。

校舎には隣接して年代物のトイレ小屋があり、しかもそれは簡易水洗式(便器の下に共通の穴があり、便を落下させて不定期に流すという、いわゆるボットン便所)で臭いもひどかった。誰もが早く鉄筋の新校舎への引っ越しを願ったが、新校舎は建設中で、完成はまだ先だった。

そんな時、H君という生徒がクラスに転校してきた。H君は軽い知的障害があり、どもり気味の喋り方と相まって、たちまちクラスのいじめっ子グループの標的になった。

誰もが嫌がるトイレ小屋の掃除になれば、H君は特に汚れが目立つ奥の個室の掃除をさせられた。K氏も巻き込まれるのを恐れて、見て見ぬふりをしていた。

ある日、いつものようにトイレ小屋の個室の掃除を強いられたH君は、なぜかこの時は個室に入るのをひどく嫌がった。

それでもいじめっ子のリーダーは無理矢理に彼を個室に押し込んだ。しばらくは個室でおとなしくしていたHくんだが、突然、錯乱したように中からドアを叩いて開けようとした。

その場にいたK氏は、H君が「たずけで! いるよ! いぶ!」と叫んだのを覚えている。K氏は便器の下に何か動物でも紛れ込んだのかと思った。

個室で暴れて外に出ようとするH君に、いじめっ子グループは外からドアを押さえた。それでも必死にH君はドアを押し開け、右手の指を突き出した。

「うるせえよ!」いじめっ子のリーダーは叫んで、ドアに全身の力を込めた。H君の右手の中指と人差し指がドアに挟まれ、H君が叫んだ。

さすがにいじめっ子たちもドアから一歩離れた。

ドアがゆっくりと開き、H君は無言のまま、リーダーを睨み付けた。そして、いびつに折れ曲がり、血や粘液を滴らせた右手を差し出した。

瞬間、リーダーの右腕が反るように上がったかと思うと、音も無く体が後ろへ引っ張られ、その右腕は勢いよく背後の窓ガラスに突き刺さった。

K氏や周囲の生徒は何が起きたか理解できなかった。

リーダーの右腕は、割れたガラスの破片に皮膚がえぐられるようそぎ落とされ、いくつもの破片が突き刺さって血があふれた。リーダーは悲鳴を上げ、そのまま病院に運ばれた。

H君も負傷した右手をハンカチでくるんでいたが、驚くほど冷静で、その後、呼び出された母親と共に病院へ向かい、治療を受けた。

その後、いじめっ子のリーダーは「H君に突き飛ばされて大けがを負った」と担任に訴えたが、さすがに同調する生徒は一人もいなかった。結局、リーダーが足をくじいて、誤って後ろに倒れた際に、腕で窓を割ってしまったという結論に落ち着いた。

H君は右手を包帯で巻いて、翌日から登校したが、以前にも増して喋らなくなり、昼休みになると、トイレ小屋の個室に引きこもるようになった。

掃除中もH君は一人個室に入り、以前のように錯乱したり、暴れることもないので、誰も声をかけることはなかった。

ほどなくしてH君は不登校になり、風の噂ではまた別の地域へ転校したと言われた。

しかし奇妙なことに、トイレ小屋の個室には、昼休みや放課後になると誰かが入っているという噂が広がった。そして、H君が今も学校に来て、トイレの個室に隠れているとか、実は既にH君は死んでいて、トイレの中で霊となって棲み着いている……などと様々な憶測を呼んだ。

K氏もトイレで一人小便をした時、背後の個室で物音を耳にしたことを覚えている。

「……H君?」

恐る恐る尋ねて、個室に近付いてノックをするが、やはり反応はなく、ドアを開けても誰もいなかった。

「トイレの花子さん……が流行ったのは、それからずいぶん後ですからね。うちが元ネタじゃないかって、友達の間ではよく言いました。もっともこっちは女の子じゃなくて、男の子でしたけどね」

その後、トイレの個室に誰かがいるという噂は、新校舎が完成し、木造校舎がトイレごと解体されるまで止むことはなかったという。

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