六角堂(愛知県豊田市) | コワイハナシ47

六角堂(愛知県豊田市)

数年前の話。大学生のI君は、中学時代の友人が免許を取ったというので、深夜のドライブに出かけることになった。

目指すは隣の市にある、心霊スポットとして有名な「六角堂」と呼ばれる建物。

地元の資産家が百年近く前に作った前田公園の敷地内にあり、法隆寺の六角堂を参考にしたといわれることから、その名が付いたという。

住宅街の狭い道を抜けると、突如、うっそうとした森林が現れる。その一角に前田公園があった。里山を大きくした感じだろうか。

二人は、ふもとの入口から、木々に囲まれた長い石段を上がった。振り返ると、市内を一望できる絶景が広がる……はずが、田舎なので単なる暗闇しか見えない。昼間ならもっと感動があっただろう。

「夜にこの石段を歩くと、女の子の霊を目撃するんだって。ホントかよ」

友人は苦笑いして石段の周囲にライトを向ける。

I君も最初は緊張して辺りを見ていたが、それよりも石段の傾斜がきつく、途中からは上ることに集中した。夜とはいえ、蒸し暑い夏場だけに、すでに全身が汗だくだ。

体力不足もさることがら、ふだん使わない筋肉が震えてぴくぴくと痙攣している。下手に石段を踏み外すと、一気に転げ落ちかねない。

石段の途中に赤い鳥居とその奥に六角堂があるというのだが、I君と友人は気付かないまま、山頂まで来てしまった。戻るにしても、少し休憩したかった。

I君は、雑草にまみれて置かれたベンチに腰を下ろした。

「せっかくだし、ここも見ていこう」

友人は楽しげに辺りを見て歩き始めた。

外灯もなく、手に持つハンディライトだけが頼りだ。うっそうとした深い森の中に、地蔵や観音像が来訪者を迎えるように並んでいる。

ライトを当てて、よく見ると、そのほとんどが人為的に破壊されたのか、首がない。I君は立ち上がって近付いた。表面にはコケやカビ、虫たちがへばりついている。

また、石灯籠もあちこちにあったが、同じように壊され、ひどいものになると灯籠の笠を首無し観音の頭の代わりに乗せているものさえあった。単なるいたずらにしては度が過ぎている。

いくつかの道は木々や雑草に覆われてなかなか前に進めない。唯一奥まで確認できる道があったが、幅がどんどん狭くなり、途中にはまた首無しの地蔵が端に並んでいる。

友人は「やべえよ、やべえ」と言いながら楽しげだ。

やがて道の奥に、行く手を塞ぐように首無し地蔵が置かれて、周囲には灯籠が倒されていた。〝これ以上行くな〟という合図だろうか。いや、考えすぎだと思いたかった。

なるほど、肝試しとしてはまずまず面白いが、さすがにここまで殺伐と荒れ果てた光景にI君は妙な虚しさを覚えた。そして友人に「もういいんじゃないか」と言った。

二人は石段を下りて、目的の「六角堂」を探すことにした。

しばらくすると右手に赤い鳥居を発見した。けっこう目立つだけに、行きでなぜ気付かなかったのか、I君はいぶかしく思った。

鳥居をくぐると灯籠が左右に並び、その奥に写真で見た六角形のお堂が建っていた。

夜中という時間のせいもあるが、荒れた頂上の森とは違い、ただならぬ存在感を醸し出していた。

友人は六角堂を見て、にやりとして歩み出した。I君は一度軽く手を合わせてから友人の後を追った。

左右の石灯籠はやはり一部が壊されている。

堂の間の左右にたたずむのは、狛犬や狐ではなく、首輪の付いた犬の石像だった。名札に「前田家」と書かれているので、公園を作った資産家の愛犬なのか。

六角堂はこの資産家の墓として建てたといわれるが、I君にはどこか普通の感性とは異質なものを感じられた。

お堂の扉は鍵が壊されているのか、数センチ開いていた。

友人がライトを当てる。隙間から見える中は真っ暗だ。

「別に〝立入禁止〟とは書かれていないな」

友人はためらうことなく扉に触れた。

I君は内心(おいおいまずいだろう)と思いながらも、ここまで来たら徹底して調べてみたい気持ちに駆られた。

友人が扉を開ける。ほこりっぽい、澱んだ空気が漂った。ライトを当てると、白い壁に、壊れた仏像や廃材、段ボールなどが雑然と置かれている。その中に混じってジュースやビールの缶などのゴミも散乱していた。

もしもここが資産家の墓地なら、俺たちは墓荒らしってことになるのか……。

友人は先で立ち止まって「ほら、これ」と床を指さした。そこには隠し扉があり、開けると地下へはしごがのびていた。底は暗くてよく見えない。

「噂だと、このはしごの回りやその下には霊がひしめいていて、入ったら呪われるんだってよ……」

友人はそう言ってびびらせる。そしてI君のリアクションを待つことなく、はしごをつかんで降り始めた。I君も決意してはしごに手を掛けた。

地下は一階よりもさらに狭く、中心に墓石が置かれていた。かなりの年代物だが、こればかりは汚れも少なく、手入れが行き届いている。

墓石の手前には、吸っていないたばこが大量に置かれていた。

「これってお供え物?」I君が友人にたずねた。

「えっ?」

「ほら、たばこ」

「ああ、そんな噂も書かれていたな。たばこをお供えしないと呪われるとか」

「大丈夫か。俺たち、たばこ持っていないし」

「別にいいんじゃね」

友人は特に気にすることもなく、地下室のあちこちに光を当てている。

I君も墓石の周囲を見た。奥には、なぜか別の墓石らしき汚れた石が無造作に積まれている。さらに壊された石灯籠や、首のない、胴体だけの観音像、仏像まであり、中心の墓石を取り囲むように置かれている。

ここは……いったい……。

ライトを当てていると、奥の仏像の影がかすかに揺れ動いたような気がした。

えっ……誰かいる? ……隠れているのか?

肝試しで他の人間が先に地下に入っている可能性もあった。

まずくないか……。

I君が緊張していると、友人がふいに肩を叩いた。見ると、足下の壁にライトを当てている。

「おい、ここにも扉が……」友人はかかんで、その小さな扉にライトを近付けた。「こんな所に扉があるなんて……聞いてないぞ……」そう言いながら、ゆっくりと扉を開けた。

I君も扉の中を覗いた。中は闇に包まれている。友人がライトを向けても、光はすぐに飲み込まれる。ずっと奥がある……? 地下だけに山につながっているのか……。

かすかに風を感じた。その先にはいっそう重い空気が充満しているように思えた。そして、ちろちろと水の流れる音が聞こえた。

なんだ…………。

額に脂汗をにじませ、耳を澄ませた。

水の音に混じって、人のささやくような声が響いた。

うそだろ……。得体の知れない恐怖に、思わず唾を飲み込んだ。

「なあ、中に入ってみようか?」

友人が興奮気味に言った。しかしI君はためらった。

今度こそやばそうだ……。……でも……。

その時、背後でドスンと大きな音が響いた。壁の奥の、墓石や地蔵、観音像があった方だ。辺りにホコリが舞い上がる。

今の音……何かが倒れた? 墓石か……?

二人は部屋に充満する大量のホコリにむせながら口を押さえた。

「やばい、もう行こう!」たまらずI君が叫んだ。

仕方なく友人もうなずき、ハシゴを上がった。

お堂の外に出ると、空が白み始めていた。

公園の門をくぐってから時計は見ていなかったが、そんなに時間が経っていたなんて……。

I君は信じられない気持ちでお堂を見上げた。扉が開いた中から、あれほど充満した地下のホコリは一階まで届かなかったのか、入った時と変わらないまま、整然とたたずんでいる。

足下の雑草も心なしかお堂に入った時よりものびている様な気がした。

地下で見たことは……どこまでが……。

I君はお堂に近付くと、扉をそっと閉じて、もはやお礼をすることもなく、友人と共に公園を後にした。

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