生首(愛知県名古屋市中村区) | コワイハナシ47

生首(愛知県名古屋市中村区)

Sさんがまだ五歳の頃、太平洋戦争末期の話。

当時、名古屋市内は米軍による空襲に見舞われ、街のあちこちが火の海と化していた。

名古屋駅裏の住宅街に住んでいたSさんも母親や妹と共に、防空壕へと避難を急いだ。

途中、Sさんは、前方をふらふらと歩く女性に目が行った。おんぶ紐で、赤い布を着た赤子を背負いながら、やや上半身を反らして、あちこちで上がる火災の煙が立ちこめる空に向かって「○○ちゃ〜ん……○○ちゃ〜ん」と力なく声を上げていた。

「きっと子供を探しているんだろうと……。逃げている間にはぐれた? お母さんは赤ちゃんを背負っているから兄弟だろうか? って思ったんです」

そう振り返るSさんは一緒に探してあげようと、女性の背後に近付いた。

Sさんは背中におんぶした赤ちゃんを見た。赤い布を身につけていると思ったのは、白い布が真っ赤に染まっていたためだった。赤ん坊の頭はちぎれて無く、短い手と足は青白くたれて、ぴくりと動かなかった。

「○○ちゃ〜ん……○○ちゃ〜ん」

女性は空に向かって名前を呼びかけている。

「まさか……あの世にいった子供を探しているのかしらって……」

Sさんが、赤ん坊の首無し死体を背負ったまま歩く女性を呆然と見守っていると、ようやく母親が気付いて、Sさんの手を引っ張った。

Sさんは駆け出しながら、空を見上げた。

どんよりした灰色の空に何かが浮かんでいた。丸い物体だった。風船のようにも見えたが、違っていた。

「……生首だったんです。小さな赤ちゃんの……。それが音も無くふわふわと空に浮かんでいる。しかもその生首の顔はニコニコと笑っていたんです。私はとっさに女性を見ました。でも女性は背を向けたまま生首に気付きませんでした」

Sさんも母親と共に防空壕に向かいながら、何度も空を見上げたが、いつしか生首は雲に紛れるように見えなくなった。もちろん逃げるのに必死の母親にこのことは一言も話していなかった。

「どうせ信じてもらえないでしょうから。でもあのお母さんには一言教えてあげたかったですね。……赤ちゃん、笑っていましたよって」

その後、Sさんは防空壕に入り、なんとか難を逃れることができた。

やがて終戦を迎え、Sさんは焼けてしまった自宅を離れて、一時的に田舎の親戚に預けられることになった。

名古屋を旅立つ日、駅の近くでは、駐留した米兵達が、積み上げられた子供達の焼死体の前でピースサインをしていた。すると米兵の一人が、子供の焼けた頭部をサッカーのように蹴り上げた。品のない笑い声を上げ、二、三人の米兵が代わる代わる子供の頭を蹴り上げていた。

あの時と同じどんよりとした曇り空に次々と舞い上がる黒い生首は、Sさんにとって、過去の光景とどこか似ていて、暗澹たる気持ちとなった。

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