K氏が小学生の頃の話。彼が小学六年の時に鉄筋の新校舎が完成し、長年使われた木造校舎からの引っ越しが行われた。
机やイス、棚を移動させるといった作業も生徒たちが手伝った。そのご褒美か、これから取り壊される校舎の中で、生徒達は自由に落書きをすることが許された。
皆、チョークやクレヨン、絵の具で壁、窓、床に思い思いのメッセージや絵を書いた。
K氏も、場所的に穴場だった階段の脇の壁に、当時人気のアニメのロボットを描いた。その時、彼は壁の下に目が行った。
黒いマジックで「おまえをゆるさない」と書かれている。
マジックのインクは色あせて時間が経過しているように思えた。
ずっと前に書かれた……?
不思議そうに壁を見るK氏に、クラスメイトのY君が気付いた。
K氏はY君に文字を見せた。
「バカじゃねえの」
Y氏は鼻で笑って、その文字を蹴り上げた。
「どうせぶっ壊す校舎なんだから、何やってもいいんだよ」
そう言いながら何度も壁を蹴った。
壁が腐りかけていたのか、突然、ずぼっと鈍い音を立ててY君の靴が木の壁にめり込んだ。
Y君は苦笑いして靴を抜いた。
すると穴からふわっといくつもの白い物が飛び出て浮遊した。K氏がその一つを手に取った。鳥の羽毛だった。
なんで、壁の中に……?
K氏はできたばかりの穴の中を覗いた。
手前に何かが落ちている。指でつまんで取り出した。
それは最初、藁人形のように見えた。しかし糸で巻かれているのは藁ではなく、黄ばんで細長い小さな骨……鳥や小動物らしき骨だった。しかもその人形の顔や胴体の部分には、干からびて腐った肉片が幾重にも付着して異臭を漂わせた。
K氏は思わず床に捨てた。なんだ、これ……。
「ちょっと……K君……これを見て」
驚くK氏の横で、Y君が人形に気付かないまま、再び穴の中を覗いている。仕方なくK氏も顔を近付けた。
穴の奥には何かがひしめいている。暗くてはっきりしないが、白っぽく、人形と似た異臭が感じられた。
Y君が穴の周囲に手を触れると、壁に沿って切れ目があった。
Y君は切れ目に指を入れ、前に引っ張った。途端に長方形の板が壁から分離され、その瞬間、壁に詰まっていた、おびただしい数の骨の人形が、堰を切ったように穴から床にあふれ出た。
辺りには無数の羽毛が舞い上がり、すえた腐敗臭が立ちこめた。
二人は顔をしかめながら、はがれた板に一部が残るマジックの文字を見つめた。
おまえをゆるさない
……別に人に恨まれるようなことはしていないし……。
「……どうする? これ」
「気にすんなよ。全部捨てられるんだから、このままにしておこうぜ」
Y君に肩を叩かれ、K氏は何事もなかったようにその場から離れた。