旧本坂トンネル(愛知県豊橋市) | コワイハナシ47

旧本坂トンネル(愛知県豊橋市)

ディレクターのCさんは十年前、ビデオメーカーから、心霊スポットを舞台にした再現ドラマの撮影を依頼された。

撮影場所は愛知県豊橋市にある「旧本坂トンネル」。愛知県(豊橋市)と静岡県(浜松市)を結ぶ、国道三六二号線の本坂峠にある古いトンネルだ。

一九七八年(昭和五三年)に新しい本坂トンネルが開通し、以来、旧トンネルにはほとんど車が通らず、荒廃していったという。

しかし、それ以前から心霊現象の噂、特に女性の霊の目撃が後を絶たないらしい。

実はこの峠の道は、かつて東海道の脇道として作られ、検査の厳しかった東海道・新居関所を避けるため、女性が頻繁に街道を利用したことから〝姫街道〟と呼ばれていた。その最大の難所が本坂峠で、険しい道のりゆえに多くの女性が命を落とし、古くから女の霊が目撃され、その無念や怨念が祟りとなって現れるというのだ。

ホラーが苦手なCさんは最初気乗りしなかったが、世話になっているプロデューサーからの紹介だったので引き受けることにした。ホラーは初挑戦だったが、やるからには一番怖い作品を目指そうと気合いをみなぎらせた。

出演者は、男女のカップルと幽霊役の女性。この手の低予算の再現ドラマとしては、珍しくオーディションも行い、特に幽霊役の女性はリハーサルの段階から鬼気迫る演技を見せて、Cさんは手応えを感じた。

ロケハンでは、Cさんはスタッフと共に、近くの浅間神社にお参りし、撮影の無事を祈願した。その甲斐あってか、トンネル近くの道路で始まった昼間の撮影も何のトラブルもなく、スケジュールも順調に消化していった。

日が沈み、夕食を経て、いよいよ夜のトンネル内での撮影に入った。

台本では、ドライブ・デートを楽しむカップルが旧本坂トンネルを訪れ、このトンネルでよく耳にする「トンネルの真ん中で車を止めて、三回クラクションを鳴らすと、女の幽霊が現れる」という噂を実践する。何も起きないと車の外に出た二人が、首に生々しいアザのある女の幽霊に襲われるという内容だ。

スタッフによって照明とカメラがセッティングされる間、Cさんは台本を見ながら芝居の段取りを確認していた。ふと、トンネルの奥を見ると、トンネルの脇に、血まみれの白装束を着た女が仰向けに横たわっていた。

Cさんは一瞬びくっとしたが、よく見れば、それは幽霊役の女優だった。

ここまで出番がなく、ロケバスで待機してもらっていたが、役に入り込んでいるのか、他のスタッフ、キャストとも一切会話することもなかった。

女優は、トンネルで仰向けのまま、じっと天井部分を見つめている。実際の撮影では、女の幽霊は、車を降りたカップルの背後に立っている段取りだが、ああやって横たわることで幽霊役に神経を集中させている……?

あるいは、助監督が調べたところによると、トンネル内で遭遇する女の霊の中には、天井から下りてくる〝逆さ女〟なる者もいるらしいので、そうした幽霊の特徴を役作りに反映させているのかも知れない。

いずれにせよ、廃トンネルに横たわる幽霊というのは画的にも面白いからメイキング用に撮っておこう。Cさんはリュックから予備のハンディカムを取り出して、彼女に向けた。

しかし、いつのまにか、横たわる幽霊役の女優の姿は消えていた。

あれ……? 辺りを探しても同じだった。

助監督と一緒にロケバスの中を覗いても、彼女は見つからない。

照明とカメラのセッティングが終わり、いよいよ撮影の段取りの確認という時に、幽霊役の女優が消えて、現場はちょっとした騒ぎになった。

ホラーの話題作りとしては格好のネタじゃないか? と思われるが、現場でスケジュールに支障が出るトラブルは、プロとして絶対にあってはならなかった。

幽霊役がいなければ、ホラー・ドラマの商品としては成立しない。まして何らかの事故を起こしたら作品はお蔵入りの危機に瀕する。作品の存亡に関わる事態だった。

他のスタッフも総出で、トンネルの中はもちろん周囲を探した。しかし辺りはうっそうとした深い木々に囲まれ、消えた女優が容易に見つかるはずもない。

助監督が焦りながら「監督、あの〝首狩り神社〟にお参りに行きましたよね?」とたずねた。

〝首狩神社〟とは、トンネルの近くにある浅間神社のことだ。かつて峠越えで山賊に襲われた人々の首が、この神社近くに並べて放置されていたという伝説から、この名称が付いたといわれる。台本でも、この伝説に則って、幽霊役の女優には、首の周りに生々しい傷のメイクを施している。

「ひょっとして……監督は、本殿に続く石段の三段目を踏んでいませんか?」

「えっ? そんなの覚えて……」

石段は傾斜がきつい上に、二百段近くあり、上がるだけでも一苦労だった。とても三段目を踏んだかどうか思い出せない。

「ちゃんと説明したじゃないですか。三段目を踏むと呪われるって……」

このトンネルや神社の噂については、助監督に調べてもらっただけに彼は妙に詳しかった。

確かに助監督からは「噂では石段を一列になって並ぶと呪われるそうです。一番後ろの人の首が刈られるみたいです」などと、いくつもの注意事項を教えられたが、正直、演出のことで頭がいっぱいで話半分だった。

「でも……今時そんなことで女優が失踪するなんて……」

Cさんが困惑していると、突然、メイク担当の女性が声を上げて、近付いてきた。

女優が見つかったのだ。

彼女は、トンネルから少し離れた道路脇にある、コンクリート製の古びた小屋の中で、気を失って倒れていた。

この小屋の存在はロケハンの段階で確認しており、不気味なたたずまいから撮影に活用できないか検討されていた。しかし小屋の周辺やその中は不法投棄のゴミであふれ、とても片付ける時間が無いことから撮影を断念していた。

なんで、あんな場所に……? Cさんが女優から事情を聞くと、役作りで幽霊になりきるため、たまたま見つけた小屋の中に入って神経を集中している間に意識が遠のいたという。

Cさんは首を傾げた。じゃあ、私がトンネルで目撃した、横たわる女の幽霊は誰なの……?

女優本人には記憶が無く、真相はよくわからないままだった。

結局、撮影は一時間遅れでスタートし、スタッフや共演のカップル役の俳優たちの頑張りもあって、ほぼ予定通りに終えることができた。

無事に撮影も終えられたとあって、特に幽霊役の女優へのおとがめも無しとなった。

ただ、女優が撮影後、メイク担当に首の傷メイクを落としてもらったところ、その下に本当の傷のように、赤いアザが浮き上がって残ってしまった。それは二週間近く消えず、他の出演作品にも支障をきたしたという。

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