これは、私が霊的なものに初めて触れたのではないかと思うお話です。
5歳の夏の日に、母と2人で湘南に遊びに行った時のことです。
昼間は水族館やいろいろな所を観光して回って、夕方近くなり涼しくなってきた頃に、大磯の海岸へ移動し浜辺で少し休む事にしました。
大磯の海水浴場は、県民にとっても大変愛されている海です。大磯ロングビーチが有名でもありますが、歴史ある海でもあります。明治18年に開設された日本で最初の海水浴場がこの大磯の海岸です。浜から10m沖合いに浮かぶ「かぶと岩」は周囲20mほどあり、海水浴場のシンボルとなっています。その日はとても綺麗な夕焼けで、オレンジ色の太陽に海がピカピカに光り、子供ながらに感動した事を覚えています。そんなとても良い観光日和にもかかわらず、夏の終わりの平日の影響もあってか、ちょうどその海岸には何故か私達親子2人の姿しかありませんでした。
「お母さん、遊んできていい?」
「いいけどあんまり遠くに行っちゃダメよ」
私は母から少し離れた場所でひとりお砂遊びを始めました。
小さな手で砂をかき集めては盛り、一生懸命作ります。
砂のお山のような物が出来上がり、小さいのやら大きなもの、何個も何個も作ってはを繰り返していきます。
そして、海岸に落ちている小さな流木や小枝を拾い集めて、その数十個ある大きさのバラバラなお山の上に突き刺して完成です。
「でもまだ足りない」
「もっと作らないと」
そんな使命感にも似た思いで、また砂のお山を作ろうとした時に、
「もう遅くなるからそろそろ帰ろう」
と、母が近づいて来ました。
気が付くと辺りはもう暗くなり始めています。私は母の言葉を無視するようにして、まだ砂のお山を黙々と作っています。
「菊実仔ちゃん。何作ってるの?」
「お墓」とつぶやくように答えた私に、母は凄い剣幕で
「やめなさい!!」
とどなり、砂のお山を壊してしまったのです。
「やめてよ!! みんなのために作ったんだもん」
私は凄く悔しい気持ちになり、母に言い返しました。
けれど私の訴えも虚しく、沢山作ったお墓ならぬ、砂の山を次々と全て足で壊していったのです。
そして、海に向かって何かを言っています。とても怒っているようでした。
母はなんてひどい事をするのだろう。
許せない気持ちと、悲しみが同時に湧き上がり、
「まだ作ってあげなきゃいけないのに、みんなかわいそうだよ」
と泣きじゃくりました。
母はそんな私を抱きしめて
「菊実仔ちゃんは何も悪くないんだよ。海に手を合わせて帰ろうね」
死者の成仏のためにと言う意味を込めて、そう母が言ったので、私も一緒に手を合わせました。
そうしていると不思議と気持ちが落ち着いてきて、まだ名残惜しい気持ちもあったのですが帰路につく事ができました。
思い返してみると、何か幽霊的な物が見えていた訳ではないのですが、その時は、心のなかに声が聞こえてきたのです。無数の人の声が。その声に導かれて、ただただ無我夢中で作っていた、ただただ永遠にお墓を作っていたい。それは、何かに取り憑かれているような感覚だったのだろうと思います。
そう言えば、あの時、母が海に向かって何を言っていたのか聞いてみたところ、
「こんなに小さな子供に頼むなんてどういう事だ。今すぐ天に上がっていきなさい」
との事です。
海で亡くなった多くの死者が、お墓を作ってほしいと、霊感の強い私に頼んだのだと思っています。この事があってから、海に行くと必ず手を合わせるのが癖となりました。
海で亡くなった多くの方と、海の安全を願いまして。