小学校5年生当時の母は南足柄市に住んでいました。南足柄と言えば、大変自然が多く周りは山に囲まれ、あの金太郎伝説の地でもあり、金太郎のふる里とも言われています。他にも天狗にまつわる話など多くの伝説が残っている地でもあるのです。
この場所で「ゆうこ」という母より4歳上の親戚のおねえちゃんも一緒に暮らしていたのですが、このゆうこお姉さんも不思議な体験をしたのです。
ある日の夕暮れ、お姉さんはお友達の家に遊びに行った帰りに家の近くの神社の横の道を歩いていました。
そうしていると3歳くらいの女の子がひとりで神社の前にいるのです。
(見かけない子だなぁ……)
と思って見ていると、その子が、
「お姉ちゃん、ねぇねぇ」
と話しかけてきたのです。
「なぁに? どうしたの?」
お姉さんは、その女の子に近づいて話を聞きました。
「あのね、おうちがわかんなくなっちゃったの。お姉ちゃん連れてって」
と、女の子は悲しい顔でお願いをしてきました。
それは大変だ、と思ったお姉さんは、
「いいよ。連れてってあげるから、一緒におうち探そうね」
と返事をし、2人で女の子の家を目指すことになったのです。
「あなたのおうち、どこらへんかわかる?」
「この上」
女の子は神社の横の山へと登る道を指差しました。
(こんなところに住んでるなんて珍しいなぁ)
と思いながら手を繋いで歩き出します。山へと続く登り坂だけあってか、少し歩いたら女の子が
「お姉ちゃんおんぶ、おんぶ」
と言いました。
「えー、もう、しょうがないなぁ。はいはい。おんぶだね」
と、しぶしぶその子をおんぶしてお姉さんはまた歩き始めます。
そうして、山へと続く一本道をトボトボと歩いていると、ふっと
「何かおかしい」
そう思ったのです。
三つ編みおさげのカワイイ女の子です。
背負う背中に人の温かさだって感じます。
でも「何かがおかしい」のです。
その漠然とした「何か」を背負ってしばらくそのまま歩いていると、
「お姉ちゃんここ」
ようやく女の子の家の前につきました。
(よかった!)
と、ほっとして女の子を背から降ろし、ふと見上げてみると、大きくて立派なお屋敷が目の前に飛び込んできたのです。
「あなたのおうち、凄い大きなおうちだね」
お姉さんは、とてつもなくビックリしました。
それは今まで見たこともない、絵やテレビの中にしかないような大きな洋館だったのです。
「お姉ちゃんありがとう。今度遊びに来てね」
そうして、女の子は手を振り、洋館の中へ入って行ったのです。
次の日、昨日あったことを改めて思い返して、
「やっぱり何だかおかしい」
と思ったお姉さんは、私の母に話してみることにしました。
「ねえ、あこちゃん(母)、昨日のことなんだけどね」
初めて見た女の子のこと、その女の子をおんぶしてその子の家まで連れていったこと、そして、何よりもあの洋館のこと。
「そんな女の子見たことある?」
山の田舎町なので、近所の子供だったら絶対に見たことあるはずですが、
「私もそんな女の子知らないし見たことないよ」
と母もお姉さんと同じでした。
「しかも、あの辺りには家なんて見たことないし、ましてや、洋館だなんてある訳ないよ」
「でも本当に大きくて立派な洋館に行ったんだよ!! 信じられないかもしれないけど……」
自分の言葉にどうしても半信半疑の母にお姉さんは、
「いいよ。あの子も今度遊びに来てって言ってたから、あこちゃん今から行こうよ」
と言ったのです。
母とゆうこお姉さんはとても仲が良く、なんでも包み隠さず話をするような間柄で、ましてやウソなど今までに一度もついたことのないお姉さんでした。
(ゆうこねえちゃんがウソなんてつくはずがない)
何より昨日あった出来事を話すお姉さんの顔は真剣そのものです。
「うん。それじゃあ今から一緒に確かめに行こう」
こうして2人は、昨日お姉さんが通った道と同じく、神社の横道を通り、山へと向かう一本道を上へ上へとあがって行ったのです。
最初は辺りにも民家がチラホラありますが、だんだん山深い道へと変わっていきます。
「お姉ちゃんまだなの?」
「もう着いてもいい頃だけど、おかしいなぁ……」
どのくらい歩いたのでしょうか、気が付くと、もうそこには道らしい道はなく、後は山頂へと続く細い登山道しかなかったのです。
「もうこの道しかないけど、山の上まで行ってみる?」
「行かない行かない。そこの登山道は通ってないもん」
道は今来た一本道しかありません。
結局歩けども、見えるのは林ばかりで、その洋館が現れることはなかったのです。
「絶対に行ったのに……右側に大きな洋館があったんだよ」
そう言うゆうこお姉さんの顔はだんだん青ざめて引きつっていきます。
そんな初めて見るゆうこお姉さんの表情に、母は「絶対にうそじゃなかったんだな」と確信したそうです。
その後も、それとなく大人や近所の人からあの洋館のことを聞き出そうとしても、洋館どころか、あの辺りに家があると言う人さえ居なかったのです。
「実はさぁ……あの子おんぶしながらなんかおかしい、なんか変だって思いながら歩いてたんだよね。やっぱりそういうことだったんだね……」
と、ゆうこお姉さんは母にもらしたそうです。
そしてまた、あの三つ編みおさげのカワイイ女の子を二度と見ることもありませんでした。
こんな話を聞いたことがあります。
ある日、山中に突然大きなお屋敷が現れ、その中に入り、その家の物を何でもいいから一つだけ持ち帰ると、その家に幸福が訪れると。
そして、またあの家に行ってみようといくら探しても見つからないと。
柳田國男の『遠野物語』でも記されている、東北や関東地方に伝わる「迷い家マヨイガ」という伝承です。ゆうこお姉さんがもしも、洋館に入り、中の物を一つだけ持ち帰っていたら幸福が訪れたのでしょうか……。
でも、もし、洋館の中に入っていたら二度と出て来られなかったかもしれませんが……。
今では、すべて謎のままです。