幼稚園の女の子(神奈川県箱根町) | コワイハナシ47

幼稚園の女の子(神奈川県箱根町)

箱根町は神奈川県のみならず、日本有数の観光地として有名です。いつもは観光客で大変にぎわっている土地ですが、ひとたび夜になれば、その姿は様変わりし、闇と静寂が町を包むのです。観光で来た人には分からない「裏の顔」がこの箱根にはあります。

小学3年生のある日、学校が終わった後、小学校のすぐ下にある幼稚園に遊びに行きました。私はこの幼稚園の卒業生で、知っている先生もまだ居たので小学校に上がってからもちょくちょく遊びに行っていたのですが、この日は久しぶりに顔を出したのです。

「先生久しぶり」

「あら、菊実仔ちゃんずいぶん大きくなったわね」

自分ではあんまり感じないのですが、確実に成長していたみたいです。

少し照れくさかったのですが、

「久しぶりに乗っていい?」

と、私が幼稚園の時に、1番好きだったブランコに乗ってみると、その時はつかなかった足がついたので、やっぱり大きくなったんだなと、そう思って他の遊具でも遊んでみることにしました。

この幼稚園は比較的広い敷地の中にあり、鉄棒をはじめ、シーソーや砂場、おにぎり山という子供たちが登れる土の小さな山まであります。中でも1番大きいのが、ジャングルジムのような作りをした飛行機型の遊具で、これも私が園児だった時と全然変わっていません。

その中には飛行機の操縦席に似せたハンドルと椅子もあるので、中に入ってみると、やはり狭くてビックリしてしまいます。

(頭ぶつかりそう)

そう思って降りようとしていた時、下から誰かに声をかけられたのです。

「ねぇ、一緒に遊ぼう」

それは5歳くらいの女の子でした。

女の子は、黄色いワンピースを着ていたので(園児じゃないのかな?)と思いましたが、この幼稚園は近所の子が公園代わりにしてよく使っていたので、さほど気になりませんでした。

私もひとりで遊んでいたので、

「いいよーこっちに上がっておいでよ」

と快く返事をしたのです。

そうして、その子はスルスルとジムを登って来ます。5歳くらいの子なので私が窮屈だったあの操縦席にもすんなり座れました。

女の子は、ニコニコしながらハンドルを回しています。

そんな姿を後ろから見ている私が声をかけました。

「ねぇねぇ、おうちこの近くなのかな?」

「おうちは小田原だよ。小田原から来たの」

と、女の子は答えました。

小田原といえば隣の市です。

私は箱根町の幼稚園と小学校に通っていたので隣の市から来たことになります。

てっきり近所の子だと思っていた私はビックリして、

「小田原から来たの? ずいぶん遠いね」

と言いました。

そうして、ハンドルを回していた女の子が「うん」と言って私の方へと顔を向けたのですが、その顔を見てみると……。

なんと、その子の右半分の顔が焼けただれて黒くなっているのです……。

けれど、私はその女の子の顔を見ても何とも思わなかったのです。

今でも覚えていますが、「キャーーー!!」と声を上げたくなるほどの本当に恐ろしい顔だったのですが、なぜだか不思議と怖いとも恐ろしいとも気持ち悪いとも思わなかったのです。

そうして、その後もブランコやらひとりでは出来なかったシーソーやらで遊んで楽しい時間をすごしたのです。

ふと幼稚園の建物についている時計を見てみると4時近くなっていたので、私は、

「帰らなくていいの?」

と女の子に聞きました。

そうしたら。その子はなんだか悲しそうに「お母さんに会えないの。会いたいんだけど会えないの」

と、予想もしていなかった答えが返ってきたのです。

私はてっきり、お母さんでも迎えに来てくれるものと思っていたので、ひどく驚きました。ただでさえ遠い所から来ているのに、この辺の子だったら、幼稚園の先生にでも聞いて、家を探すことも出来ますが、無理な話だと思ったので私は

「そうなんだぁ……困ったねぇ……会いたいよね……どうしようかぁ……」

と言うことしか出来ませんでした。

ひとしきり考えてみた私は、やっぱり先生に相談しに行こうと思っていると女の子が

「遊んでくれてありがとう。これあげる」

と、何かを差し出してきたのです。

「え?」

と思って見てみると、それは綺麗な三つの玉でした。

淡いピンク色と淡い黄色と淡いブルーの3色のビー玉より少し大きい玉です。

「わぁ、きれい。ありがとう!」

と、手のひらに三つ横に並べて見てみると、淡くフワフワやらピカピカやら光っているのです。その光に見とれていると、女の子はいつの間にか居なくなっていました。

「あれ? いつの間にか帰ったのかな?」

と思った私は、この綺麗な玉を早く母に見せたいと思ったので、玉を握りしめて足早に帰ったのです。

「お母さん見て! 綺麗でしょ」

と、帰ってすぐに手のひらを広げました。

「なに? どこ? 何もないよー」

母は空の私の手のひらを見て言いました。

「あれ? なんでないの……?」

改めて手のひらを見てみると、そこには何もなかったのです。

幼稚園から家まで歩いて5分もないほどなので、途中で落とすはずはありません。

「おかしいなぁ……。もらったんだよ、ピンクと黄色と青の綺麗な玉」

そして、さっきあったことを母に話したのです。

「それでね、顔がこっち半分焼けた子だったんだよ。右だけ」

あれ……。

そこで初めておかしいことに気づいたのです。

この話を聞いて母は、

「あんた良いことしたねぇ」

と言ってくれたのです。

「きっとこの子を助けたんだね。だからお礼に玉をくれたんだよ。もしかしたら大雄山の力かもしれないね」

ちょうど少し前に、南足柄市にある大雄山最乗寺という神奈川県でも知る人ぞ知るパワースポットに初めて行ったばかりでした。

この最乗寺は天狗伝説もあり、山全体がお寺になっていて、遠方からわざわざ来る人や俳優の加山雄三さんなど数々の有名人がお忍びでお参りに来るような霊験あらたかな場所でもあります。私は最乗寺に行った直後から神経衰弱がバンバン当たったり、私が選んだスクラッチくじで1万円当たったり、何かと霊感のようなものが強くなっていました。

「その影響もあるんじゃないの? 大雄山の神様がその子を助けてあげなさいって来させた子なんだよ。きっとお母さんにも会えるよ、大丈夫」

と母は言っていました。

「その子、黄色のワンピース着てたんだよね? それじゃ、戦争で亡くなった子じゃないね。もしかしたら……」

と母は続けたので、この話に急に怖くなった私は

「もうやめてよ!」

と母を止めようとしましたが、母は

「そういえば、小田原で昔大きな火事があったけど、そこかも……」

と更に続けたのです。

今度は背筋がゾッとします。

「もーやめてよ! 本当にやめてよー!」

次の日にやはり気になった私は、学校帰りにまた幼稚園に寄って、

「きのう私、黄色いワンピース着た5歳くらいの子と遊んでたよね?」

と先生に聞いてみたところ、

「え? 菊実仔ちゃんひとりで遊んでたんじゃないの? 誰もいなかったけど?」

とのことだったので、更に背筋がゾッとしました。

小田原市での空襲とは8月15日に起きた日本で最後の空襲です。昭和時代には大きな火事があったことも確かなのですが、私はその子の名前もわからなかったので、調べようもありません。

今でも時々、「あの三つの玉は綺麗だったなぁ……あんな綺麗なの見たことないなぁ」と思い出します。

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