「おばちゃん、これなに?」
藤沢に住む母の友人Mさんのマンションに、母と2人で遊びに来ていました。
駅でMさんと待ち合わせてをして、3人でマンションに向かいました。私が質問したのは、ちょうどMさんの部屋の隣部屋の前を通りかかった時でした。
玄関ドアの両隅に置かれている山のような形をした白い砂の小さい塊。
6歳だった私は初めてそんなものを見たので、素直にMさんに聞いたのですが……。
そんな無邪気な私を目の前にMさんは戸惑うような複雑な様子で、私の質問には答えずに、
「早く入って」
とだけ言って手早く玄関ドアを開けたのです。
Mさんのお家にお邪魔し、ジュースを飲んだりお菓子を食べたり、しばらくくつろいでいるとMさんが、
「さっきのアレのことなんだけどね……
あこちゃんにこんな話するのもと思うけど……」
と、母に話し、さっきの私の質問の答えになるような話が始まったのです。
「隣に住んでる人なんだけど、同じ年くらいだし、彼女が引っ越して来た時から仲良くなって、ちょくちょく色んな話をしてたのよ。それでこんなことがあったんですって」
Mさんの隣人のイヨさんは、岩手県出身で、高校を卒業してすぐに神奈川県に出て来たそうです。
そして、県内のクラブに勤め始めたイヨさんはすぐにお店のNo.1になり、その資金で独立し自分のお店を持てるほどに成功したのです。
そのことを聞きつけたのは、岩手の高校時代に凄く可愛がっていたイヨさんの後輩でした。
私もイヨ先輩みたいになりたい、
都会で成功したい、と、
イヨさんを頼ってその後輩のYさんは、イヨさんのお店のある藤沢に出て来たのです。
イヨさんのお店で働きはじめたYさんは、すぐに売れっ子になり、Yさんもまた神奈川で成功を収めたのです。
時はちょうど空前のバブル時代、そんな煽りを受けて、Yさんは、ブランド物の洋服やバッグや宝石など、高級品を常に身につけ、お店に立つ時もオーダーメイドのスーツで接客をしていたくらいです。
Yさんは、故郷にいた時には考えられないような生活ぶりで、イヨさんにも、
「イヨ姉ちゃん、私はもう今までの生活なんて考えられないし、もう絶対に戻りたくないわ」
とまで言っていたのです。
そして、Yさんには1番欲しいものがありました。
それは高級外車。
故郷にいた時からの憧れで、都会に出て来たらお金を貯めて絶対に買うんだとずっと願ってきた夢でした。
その夢が正に叶ったのです。
Yさんはずっと欲しかった高級外車を手に入れ、毎日毎日嬉しくてドライブに出かけては車内から見える景色を楽しむのです。
Yさんは幸せの絶頂にいました。
そんなYさんを見て、イヨさんにはひとつ心配なことがありました。
Yさんはお酒が好きで、少々酒癖が悪かったのです。
「Yちゃん、あんたお酒には気をつけなよ。車だって買ったんでしょ……絶対に飲酒運転だけはしちゃダメよ。事故だけは気をつけるように」
と毎日口をすっぱくして言っていたのです。
「大丈夫よ、お姉ちゃん。そんなバカなことだけは絶対にしないわ」
と明るく言っていたある日。
夜中、車をひとりで運転していたYさんは大型トラックと正面衝突して、亡くなったのです。
即死でした。
そして、その死に方はあまりにも惨たらしいものだったのです。
トラックには鉄パイプが沢山積んであり、その鉄パイプがフロントガラスを突き抜けて一瞬にしてYさんの首をはねたのです。
Yさんのお葬式の日、イヨさんは棺の中に眠るYさんの姿をとてもじゃないけど見られなかった、と言っていたそうです。
イヨさんは悲しみに打ちひしがれていました。高校の時から妹のように可愛がっていたYさんが……。
しかもあんな死に方をしたのです。
悲しみに暮れるのは当然です。
Yさんの死から2週間が過ぎようとしていた頃。
イヨさんは、夜遅く帰宅して寝る準備をしていました。
その時、
ピンポーン
と玄関のチャイムが鳴ったのです。
こんな時間に誰だろうと玄関を開けましたが、そこには誰もいません。
「おかしいなぁ」
と、その日を終えました。
そんなことが3日続いた日の夜のこと。
イヨさんはいつものように、夜中に帰宅して、寝ようとしていた時、今日もあの音がします。イヨさんは、今日は玄関ドアを開けずに、中から、
「誰です? 誰かいるの?」
と声をかけました。
けれど、返事はなし。
そして、本当に誰もいないのか、恐る恐る玄関のドアスコープを覗いてみたのです。
「ううううーーわぁーーーー!!
ギャーーーーーー!!」
イヨさんは悲鳴を上げて、顔を両手で覆い、腰が抜けてその場に座り込んでしまいました。
イヨさんが見たもの……。
それは。
1番のお気に入りのスーツを着たYさんでした。首のない。
首のない胴体だけのYさんが玄関の前に立っていたのです。
「うわーーーー!!」
内側のドアの前でブルブルと震えて動くことのできないイヨさん。
ガチャッ ガチャッ
今度は無理やりドアを開けようとする音と共に……。
ガチャッ ガチャッ……
「あけてぇ……イヨお姉ちゃん……お願い……あけてぇ……」
ガチャッ ガチャッ
「うわーーあ!! やめてーーー!! いやぁーーー!! こないでーーーー!!」
イヨさんはその不気味な声に必死で泣き叫び、出せる限りの力で這うようにして逃げたのです。そして気を失いました。
目が覚めたら朝でした。
「隣の部屋のイヨさんにそんなことがあったんだって。だからそれから必ず毎日玄関に魔除けの盛り塩をしてるんですって」
とMさんが話してくれました。
その後すぐにイヨさんはこのマンションから出て行ったそうです。もしかしたらYさんは首だけがない姿で、まだどこかでさまよっているのかもしれません。
玄関を開けてくれる人を探して。
ガチャッ ガチャッ