その日は朝から雨でした。
いつも仕事が忙しくて帰りの遅い父で、時には夜の12時過ぎの帰宅になることもあったのですが、この日は久しぶりに早く帰ってくると電話があったので、
「じゃ、帰ってきたらお買い物に連れてって」
と約束をして、夕方6時に帰ってきた父と一緒に2人で買い物に行くことになりました。
父の運転する車に乗るのは久しぶりで、中学生になっていた私は父と2人きりでの車に少し照れくさいような複雑な気持ちでいましたが、おしゃれに興味を持ち始めた頃なので、「洋服買ってもらおうかなぁ」とか「靴も買ってもらおうかなぁ」なんて考えていました。
そうしていると、川沿いの道を走っている時です。赤信号で車を止めると父が突然、
「あそこ見てみろよ」
と私に声をかけてきたのです。
「なに? なに?」
と聞くと、
「あそこあそこ。あそこで女がひとりでビール飲んでるよ」
と言うのです。
「え? どこ? 見えない」
と、助手席に乗っていた私が探すように見回すと、
「あそこだよ。赤い服着た女がうずくまってこんな雨の中、傘もささないでいるんだもんなぁ」
と私達から見て左側の歩道を指します。
「え!? そんな人どこにいるの? いないよ? そんな女の人がこんな雨の中いる訳ないじゃん」
と言い返しました。
その時は7時近くなっていましたが、ちょうど真冬の雨がシトシトと降る日です。
辺りはすっかり暗くなっていました。
父が指した方向を見ても私には何も見えなかったのです。
ましてや、こんな真冬の雨の中で女性が赤い薄着姿でひとりうずくまってビールを飲んでいる訳がないのです。
「いない、いない。そんな女の人いない。普通に考えてみなよ。いる訳ないでしょ?」
と言い続ける私に父はもう、
「あそこにいる」
とは言わなくなっていました。
無言で車を運転し始めたのです。
そんな父を見て、
「もしかして幽霊だったりして〜ぇ」
と冗談っぽく言ってみたけれど、父は無言で車を走らせるだけなのです。
ふとそんな父の顔を見て私は驚きました。その表情は蒼白で、今まで見たことのない顔だったのです。それを見た私は、このことを口にするのはやめ、また買い物のことを考えることにしました。
そうして父も私も何事もなかったかのようにデパートについて買い物をしていたのですが、洋服を見ていても靴を見ていても、どこかうわの空でした。
あんなに楽しみにしていた買い物なのに、頭をめぐるのはさっきの父の言っていた「赤い服の女」のことだけなのです。
(なんで父はあんなものを見たのだろう)
(その女の人はいったい何者なのだろう)
(あれはいったい何だったのだろう……)
私の家系は女性ばかりが霊感を持っていて、父はまったくと言っていいほど霊感はないのですが、他の人には見えない「人」の話をしたのは後にも先にもこれ一回なのです。
きっとこれからもないでしょう。
最近になってあの時のことを聞きましたが、
「そんなことあったっけ?」
ともう忘れてしまっていたくらいなのです。
今回この本を書くことになって、初めて父が「赤い服の女」を見た場所を訪れてみました。その場所はあれから車で何回も通っていましたが、わざわざ降りて見てみる勇気がなかったのです。
今回、約10年ぶりに何かわかったらいいなと思う気持ちもありました。
この日もあの時と同じように雨が降っていました。
ちょうどこの場所は川の近くなので、水神様を奉っている小さな祠も一緒に撮りました。
そうしたら、祠の向かって右下部分に白い玉、オーブのようなものが写っているではありませんか。
大変ビックリしました。
これは、ここに奉られている水神様が現れてくれたのだと思います。
そして、これは水神様から私へのメッセージであると感じたのです。
実は私は、あの日、父が見た女性のことを10年以上もずっと気にしていて、心に何か引っかかるものがあったのです。
きっと、
「あの女性はもう大丈夫ですよ」
という、水神様のメッセージだと受け取りました。
あの日の体験も今日この日までの気持ちも、この水神様の光る玉ですべてが浄化されたような気がします。
水神様。いつもこの地をお守りいただいてありがとうございます。これからもお守りください。
そして本当にありがとうございます。