巡礼者(神奈川県小田原市) | コワイハナシ47

巡礼者(神奈川県小田原市)

坂東三十三観音霊場───

古くは鎌倉時代、観音信仰に厚かった源頼朝によって発願され、頼朝公の死後、息子である三代将軍実朝が父の意志を受け継いで制定されたと言われる霊場です。

一番札所は神奈川県鎌倉市の杉本寺から始まり、東京、千葉、埼玉、群馬、栃木、茨城の関東に33ヶ所点在します。

私の住む神奈川県内にも9ヶ所の礼所があります。中でも小田原市にある、勝福寺にまつわるお話をさせて頂きます。

ある夜、私はいつものように買い物帰りに母の運転する車に乗っていました。

信号待ちをしている時、助手席から左横の歩道を何気なく見てみると、見慣れない巡礼衣装を身にまとった人がひとり歩いているのが見えました。

「お母さんあの人もしかして勝福寺に行く人かなぁ? 今どきあんな格好してめずらしいね」

「ああ、そうだね。四国八十八ヶ所ならわかるけど関東じゃめずらしいね」

母もその人の歩く姿を見て言います。

母は実際に四国八十八ヶ所を白装束でお遍路したことがあるので、初めて見る光景ではないのですが、確かに関東では見たことがありません。しかも、「菅笠すげがさ」という笠までかぶって顔もよく見えない程です。

ちょうど、白装束の人は巡礼街道と呼ばれる道を歩いていたので、2人とも勝福寺へ向かうんだろうと納得して車を発進させました。

それから3週間くらい経った12月に、勝福寺では関東で一番早いと言われるだるま市が開かれます。

私は毎年このだるま市を楽しみにしていました。寺は屋台でにぎわい、久しぶりの友人にもバッタリ会えますし、特にこの日買っただるまをお寺へ持って行けば、お坊さんが丁寧に左眼だけ目を入れて祈祷してくれるのです。

そして、願いが叶ったら、今度は右眼に自分で眼を入れてまた来年のだるま市に持って行ってお焚き上げしてもらうのです。

この日も私は昨年買っただるまを持ち、お焚き上げをかねて、また新しいだるまをお迎えすべく友人のちーちゃんと2人で勝福寺に参拝したのです。

有意義な時を過ごし、初日は夜の10時頃まで開かれているので、帰りは9時近くになってしまいました。

そして、ちーちゃんと2人で夜道を歩いていると、目の前からあの時見た白装束の人が歩いて来るのが見えたのです。

(あ。この人あの時見た人かなぁ……? でもなんで今日も歩いているんだろう……?)

と不思議に思っていると、その人とすれ違いました。

その瞬間、異様な寒さが私を襲いました。

それと同時に息苦しさと、異常な疲れが背中にのし掛かってくるようなのです。

(これはおかしい)

と思った私は、振り向くと、さっきすれ違ったはずの人がいないのです……。

「どうしたの?」

何かを不審に思ったちーちゃんが私に聞きます。けれど私はきっとちーちゃんを怖がらせるだけだと思った私は、

「んん。なんでもない……」

と言いました。

さっき白装束の人とすれ違ったよね? なんて言えるはずもありません。

こうして、帰路を歩いている時でも進む足が重く、息も肺が浅く呼吸するばかりなのです。そんな私の姿にちーちゃんも何かおかしいと感じたのか、

「大丈夫? なんか顔色悪いよ? 少し休む?」

と言ってくれましたが、私はとにかく家に早く帰りたいと思ったので、

「大丈夫だよ。ちーちゃんのお家の人も心配すると思うし、早く帰ろう」

とがんばって帰路を急いだのです。

そして、無事に帰宅出来た私は、すぐにお風呂に入りました。12月の真冬の屋外にいましたので体は冷えきっていて、さっきの浅い寒気もきっとこの所為だと……。私のいつもの悪い癖で、そう思い込もうとしました。

その後……、お風呂から上がった私はリビングに居ました。髪を乾かそうと濡れた長い黒髪を頭ごとダラーンと下に垂らしていました。

「殺してやる……殺してやる……」

洗いざらしの濡れた黒髪を垂らしながら、私はそう言っていたそうです……。

というのも、ここからの記憶がパッタリとないのです。

そんな私の異様な光景に、これはただごとではないと思った母が、

「あんた、連れてきたね……」

と低く言ったのです。

そしてここから私に取り憑いた悪霊と母の戦いが始まりました。

「憎い……憎い……みんな殺してやる……」

そう言って、

「クックックッ……」

と笑う私に

「あなた、あの時いた巡礼の人ね」

と私をつかみながら母は言ったそうです。

「クックックッ……」

低い声を上げて笑う私は、

「私は殺された、この世に神なんていない……だからみんな殺してやる……」

と言うのです。

「あなた、そうやって何人も取り憑いて殺しているね」

「クックックッ……」

「いつまでもそうやってたってしょうがないでしょ。じゃ、私が今から神様の元に連れてってあげるから自分の目で見なさい、神様を」

そう言って母は私の背中をパンッパンッと叩きました。

そして、手を合わせ観音様の真言である、

「念彼観音力ねんぴかんのんりき……念彼観音力……」

を唱え、

「ほら、見えるでしょう。あそこに光の道を作ったから、あそこの中に入って行きなさい。念彼観音力、念彼観音力……」

と、私の背中を優しくさすり続けながら真言を唱え続けました。

その瞬間、ふと何かが抜けるように体が軽くなり、ぶわーっと涙が溢れ出してきたのです。こうして、母と悪霊の戦いは終わりました。今まで、何回も霊を浄霊してきた母ですが、この時はかなり強力で悪質な霊だと言っていました。

なんでも、母が言うには私と同じ歳くらいの20代の女性で、ひとり何らかの理由で坂東三十三箇所霊場を巡礼していて、勝福寺に行こうと思って歩いていたら、その付近で追い剥ぎに遭って殺されたようでした。

しかも、それは江戸時代にあった出来事で、かなりの年月、いろいろな人に取り憑いては、取り殺していたようなのです。

せっかく観音様を信仰してこうして巡礼をしているのに、なんで自分が殺されなくてはいけないのか……。

神様なんていない……。

それが彼女の怨みの念でした。

「そういえば、体が軽くなった時チリーンって鈴の音みたいのが聞こえたんだけど……気のせい?」

「ああ、それ菊実仔ちゃんも聞こえた? 鈴を鳴らして天に上がって行ったよ」

それは、自分を成仏させてくれた私達への、彼女ができる精一杯の感謝の表現だったのかもしれません。

彼女が何百年もの間ずーっといないと思っていた神様に会えたらいいなぁと思っています。

すべては鈴の音と共に……。

チリーーーーン─────────

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