20代の頃、母は銀座の老舗店が親戚ということもあり、銀座で占いのお店を出していました。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご相談ですか?」
ひとりの女性のお客様が来店しました。
母はいつものようにお客様に相談内容を伺いました。
けれど女性はなかなか口を開こうとはしません。
「どうしましたか? どんなことでもお聞かせ下さい」
そうすると、ようやく女性は重い口を開きました。
「あの……実は……このお店で働かせてもらいたいんです……」
「このお店の方が霊感が強いって聞いて、まず私の話を聞いてもらいたいんですけど、いいですか?」
そんな思わぬ女性の言葉に母は、
「いいですよ。なんでも聞かせて下さい」
と応じ、女性の身の上話が始まったのです。
女性は、20代後半のみずほという方で、ずっと小さいころからの夢だったバスガイドをしていたそうです。
それはそのバスガイドをしていた時の話でした。
みずほさんはバスガイドになっていろいろな所に行き、旅館やホテルなどに泊まるのですが、いつも心霊体験をするそうなのです。
元から霊感が強く、あまりにも霊体験が多いので霊能者に相談したら、お数珠を持ち歩きなさいと言われたので、その日もお数珠を忍ばせて仕事をしていました。
「今日の宿は老舗の和風旅館ですよ。皆様ごゆるりとお過ごしください」
お客様のご案内と明日の日程などを伝え終えてほっとしてから、みずほさんの1日も終わります。
そして、明日もまた仕事があるので早く寝ようと、客室の布団の中に入りました。
今日の疲れもあり、すぐウトウトとしていたのですが、ふと目が覚めると、目の前の襖の上の欄干が目に入りました。この欄干は老舗旅館だけあってか綺麗に彫刻がほどこされています。
薄明かりの中、この欄干を見ていたら、その向こうから誰かがこちらを覗いているのです……。
しかも、ひとりだけではなく、数人の女やら男やらがチラチラとみずほさんを見ているのです。
「ヒーーーッ」
一瞬で人間ではない存在だとわかったみずほさんは、その瞬間、体全体が硬直し金縛りに遭ったのです。
怖くてもどうすることもできない状況に気がついたら朝になっていました。
(昨日のは何だったのだろう。もしかして夢だったのかもしれない)
そう思っていましたが、早く起きてお客様より先にバスに着いていなくてはならないので身支度を済ませます。
「あれ? ない……」
そう言って、枕の下に手を入れて探しますが、ないのです。
みずほさんは、いつも持ち歩いていたお数珠を、寝る時には枕の下に入れるのです。
そのお数珠がいくら探してもないのです。
いつもならすぐに枕の下にあります。
カバンの中や部屋の中をいくら探してもないのです。
「おかしい……なんで?」
でも、時間は限られています。
お客様より遅く行くなんてバスガイドにはあってはならないので、みずほさんは諦めてバスに向かうことにしました。
バスに到着するとまだお客様はいないようなのでほっとしました。
バスの前でお客様が来るのを待っていた時、何気なく足元を見ると……。
数珠の玉のような物がひとつ、転がっているのが見えました。
「あれ?」
そうして、よく見てみるともうひとつ転がっています。その玉はバスの下から転がってきたようです。不思議に思ってバスの下を覗いてみると、そこにはお数珠の玉が全部バラバラになって転がっていたのです。
それはまるで、何者かにわざと引きちぎられて置かれていたような、みずほさんのお数珠でした。
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→霊感バスガイド その2(神奈川県逗子市)