「そんなことがあった後もまだバスガイドを続けていました。あの日のことがあるまでは」
「気がついたら病院でした。本当に眼を覚ましたら病院だったんです」
自分に何が起こったのかまったくわからないみずほさんに、バスの運転手の人が声をかけてきました。
「本当にあなた何も覚えてないの?」
「はい。何も覚えてないんです……何があったか教えてもらえませんか?」
そして、みずほさんは自分の身に何が起きたのかを少しずつ知ることになりました。
前の日もみずほさんは仕事でホテルに来ていました。海の見える景色の良いホテルです。1日を終えたみずほさんの部屋は最上階でした。
しかし、翌日になり、乗客より早くバスに居ないといけないみずほさんが現れません。
(おかしいなぁ……いつもこんなことないのに)
そう思った運転手さんは、ホテルの関係者にみずほさんを見なかったかと聞きましたが、みんな見ていないと言うのです。
しょうがないので、今度は部屋に行ってみてノックして名前を呼びましたがなんの反応もありません。
部屋にはもちろん鍵がかかっています。
(ますますおかしい……何かあったんじゃないか……)
心配になった運転手さんは、ホテルの人に頼んで、みずほさんの部屋を開けてもらうことにしました。
ガチャッ
(無事でいてくれるといいんだけど……)
と、願いを込めて運転手さんは部屋に入りました。
が、みずほさんの姿はありませんでした。
「おかしいなぁ……」
部屋の中をよく探しても居ません。ドアの鍵はかかっていました。
しかし、窓は開いていたので、まさかこの窓から飛び降りでもしたかと、焦って下を確認しましたがそこにも姿はありません。
その後もホテルの中のいろいろな所を探しても見つかりません。
どうしようと困り果てているとホテルの従業員が、
「このホテルの裏山を探してみましょう」
と言ったのです。
もうこうなったら、どこでもいいからシラミつぶしに探すしかないと思った運転手さんはホテルの従業員たちと、で裏山に行くことに決めました。
一行が裏山をしばらく歩いていると、無縁仏の石仏群が見えました。
どれも無数に古い石仏です。
「あ! あれ! 見てください!」
ホテルの方が大きな声を上げました。
なんと無縁仏の広がる草の山にみずほさんがパジャマ姿で倒れていたのです。
無縁仏の石仏を抱きながら……。
そうして、みずほさんは病院へと運ばれたそうです。
「いやーぁ、ビックリしたよ。本当に驚いた。小さい無縁仏を抱きながら倒れてるんだもん。50センチくらいの。まあ、無事で良かったよ」
そう聞かされたみずほさんは言葉が出ませんでした。
ただただ運転手さんの話を聞いているしかなかったのです。
こうしているうちに、病院の先生がやってきてみずほさんに話をしました。
「輸血しておきましたよ。外傷はなかったんですが、何故か血液が極度に少なくなってましてねぇ……」
と首をかしげながら説明したのです。
このことがきっかけで、もうバスガイドはやってられないと辞めてしまったそうです。
「今でも不思議なのですが、私はどうやってあの裏山に行ったのでしょうか……?
あの日、開いていたのは窓だけ。けど、私の部屋は最上階だったんです。
窓から、空を飛んで裏山に行ったとでもいうのでしょうか……」
みずほさんは、この話を母にした数日後から、母が経営するお店で占い師として働き始めましたが、真相は今も謎のままです。