池の畔にて(東京都東村山市) | コワイハナシ47

池の畔にて(東京都東村山市)

二〇〇〇年八月十九日 深夜

東京都東村山市 西武多摩湖線下車 西武遊園地駅。

村山貯水池下狭山自然公園にて。

心霊体験とは交通事故に遭うようなものだ。

その遭遇確率、貰い事故的な受動性から言ってもよく似ていると思う。好きで遭ったわけではなく、向こうから霊がやってきた。だから見てしまった。自宅で金縛りに遭うのは寝入りばなの寝室にトラックが突っ込んでくるようなもの。旅先で幽霊に遭遇するのは、慣れない道で地元のドライバーの死角に入るようなもの。だから、僕が耳にする怪談は「出会ってしまった話」が圧倒的に多い。

逆に自ら進んで「ここは出る!」というスポットに出向いていくのは、僕の流儀に反する。反するし、怖いし、できることなら行きたくない。

が、何故か気付いたら心霊ツアーをする話になっていた。

場所は東村山の多摩湖(村山貯水池)にある狭山自然公園。

実は、ここに幽霊と遭遇することを目的に訪れるのは初めてではない。

今から九年ほど前になるだろうか。仕事で初めて怪談本に関わったとき、当時心霊体験を取材した知己数人にパソコン通信で集まった物好きを加えた十数人で、幽霊見物という物見遊山的な意図から、真夜中の狭山公園に足を運んだことがあった。

そのときに体験したことから結論するなら、ここは本物だということだ。

九年前、僕らは「見える人」から「わからない人」に至る参加者ほぼ全員が、何らかの不可思議な体験をして、ほうほうの体でこの公園から逃げ出したのだ。

その公園に、もう一度訪れることになった。

前回と同じ参加者は僕一人だけ。今回の参加者は当時二度目の休刊中だった「超」怖い話の読者が中心で、読者集会を兼ねたインターネットのオフ会という風情だった。実は、以前の参加者にも「もう一度狭山公園に行こう」と声は掛けたのだが「あそこは行きたくないなぁ」の曖あい昧まいな一言で断られてしまった。

狭山公園は、西武多摩湖線と多摩湖に挟まれた森もしくは雑木林から成っている。昼間は近隣の住民達の憩いの場として親しまれているが、夜は別の顔を持つ。

「それじゃ、行きますか」

夜二十三時。終電の終わる時間を待ちあわせ時間に指定したのは、朝まで逃げられないようにするためだ。僕らは公園の東側にある高架下の、例のトンネルから公園の中に足を踏み入れた。

「……いますね」

このツアーには霊能者というレベルではないけれど、感じる人、見える人が同行している。霊感に縁のない僕が彼らに期待するのは、アンテナ・レーダーとしての役目だ。彼らが行きたがらない所に、何かがいる。彼らが立ちすくむときに何かがある。そして、彼らが一目散に逃げたら相当危ないということだ。僕らには、このツアーでは見えないものに対抗する力は何もない。もしヤバければ、本能の命ずるまま逃げるしかないのだ。

九年前と同じルートをなぞる。遊歩道を左に進むと池にぶつかる。よく整備された池なのだが、前回のアンテナ達は一様に「左に行くなら僕はここで待ってるから」と言って、左に進むことを拒んだ。今回のアンテナ役の方も渋い顔をしている。

「そっちに行くんですか?」

果敢にも左を進む組と、右手に進む二組に分かれた。

僕は立場的には左に行かなければいけないのだろうと思いながらも、怖くて行けなかった。少し頭痛もする。気分も悪い。何か、池の側に近寄りたくないのだ。

左に進んだ組とは池の反対側で合流した。

出発前、霊感とは無縁だと豪語していた者が「何か黒いのがよぎったのを見た」と顔を顰しかめる。そのまま貯水池の堤防の上まで抜けて、午前二時を待った。

嫌な時間が近付いてくる。前回は午前二時直前にここから抜け出したのだ。今回は踏みとどまるつもりだった。

再び池の畔ほとりに戻った。最初とは逆方向から来た。何故か今度は池の中を覗きたくなり、柵を越えて水際のギリギリまで踏み込んでみた。空気はムッと暑かったが、水は冷たそうだ。そのまま池の南側に沿って藪の中を回り込む。僕は闇の濃い湿地へと引き込まれるように、暗い所へ、暗い所へと参加者を先導して歩いていた。

「加藤さん……そっちはちょっと」

「あ。そうですね、やめましょう。怖いし」

池の裏を回りきって三度目に池の畔に戻ってきたとき、僕の視界に何かがよぎっているような気がしてならず、何度か後ろを振り向いて確かめた。もちろん、参加者以外は誰もいない。

「加藤さん……いや、後でいいです」

僕はさらに頭が痛くなってきていた。

そこでまた何枚か写真を撮った。アンテナ役の人は自分がシャッターを切ることを固辞されていたが、一枚だけ池を撮っていただいた。しかしフィルムは四本以上用意してあったのだが、後で現像から戻ってきたものを見ると池を写したものはどれもほぼ全滅だった。誰が撮ったものにも何も写っていなかったのだ。

「……もう十分でしょう。出ましょう」

時計の針は四時近くを示していた。僕らは出口を求めて足早に公園の中を歩いた。

最初に踏み込んだトンネルから出た直後、アンテナ役の同行者が「加藤さんに付いてきています」と言って僕の左肩に指先で☆を書き、パンパンと強く叩いた。そこは、池の畔からずっと、何か重苦しさを感じていたところだった。

池を中心に、水辺や木立の陰に邪気を放つ者がたくさん〈いた〉のだそうだ。

「加藤さんが危なかったんです。もう大丈夫だと思いますが」

逃げて正解だった。

後日、アンテナ役の方からメールが届いた。

〈無事に帰還した旨を知り合いの「見える人」に連絡したところ、『三時半頃、どこで何やってた!もしや写真撮らなかった?』といきなり言われました。訊くと『三時半頃、室内に闇が入り込んできて重苦しくなった。それはすぐに消えたが、安眠妨害だった』とのことでした。心霊ツアーに参加することは事前に相談してあったため、現場と遠隔地が何かで繋がってしまったのかもしれません〉

ともあれ、当日の参加者に脱落者も死亡者も出ずに済んだ。

この夜から八年ほど過ぎた後の話。

僕が原作を提供している講談社の実話怪談コミックの担当編集氏が、この夜のツアーに一般参加していたことがつい最近になって判明した。縁は異なものと思う。

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