髪飾り(東京都) | コワイハナシ47

髪飾り(東京都)

福井さんは、とある有名外国ブランドの販売員マヌカンである。

職場は都心の一等地にあるビル。今日も一日、よく働いた。頑張った。

終業時間をだいぶ過ぎており、同僚は皆先に帰ってしまっていた。

そろそろ片付けて自分も帰ろうかと机の上を整理していたら、不意に髪を引っ張られた。

「何?」

不審に思って、ピンと張られる髪に手を伸ばすと、福井さんの指先が誰かの手に触れた。

どうやら、引っ張られているのは髪の毛ではなくて髪飾りだったようだ。

「誰?」

と、振り向いた。

髪飾りを掴む手は、背後の壁に向かって延びていた。

腕の根元は空調設備のある金網の隙間に続いている。

そして腕の持ち主の肩から先は見えない。金網の向こうにあるのか、それともないのか。

しかし、これだけじっくり凝視していても腕は消えることなくはっきりと見え、相変わらず髪飾りを掴んで離さない。

「ああ……そっか。あなたは髪飾りが欲しいのね」

もの言わぬ腕の要求を察した福井さんは、そう納得した。

「わかった。これはあげられないけど、明日返してくれるなら別に貸してあげてもいいよ」

福井さんはそう言って髪飾りを外し、金網の隙間から伸びる手に握らせた。

手は、髪飾りを握りしめたまま金網の向こうに引っ込んでいった。

翌日、会社に行くと、福井さんの机の上に例の髪飾りが置いてあった。

福井さんは嬉しくなった。

「だって正直、本当に返してくれるとは思ってなかったから」

ちゃんと約束を守る、躾しつけのいい手だった。

それから週に何日か、〈手の人〉がやってくるようになった。

大体福井さんの終業間近、そして必ず福井さんが一人でいるときに限られる。

いつも同じように、そっと髪飾りを掴む。

その都度、「ああ、これを借りたいんだな」と察して渡す。

必ず「明日、返してね」と言い添えることは忘れない。

面白いことに、手の主は一人だけではないらしい。

「手の形が違うのよ」

ふっくらしていたり、ほっそりしていたり。肌の張り、指の長さ、爪の感じ、そこから感じられる年齢、などなど。

仕事柄、お客様の手を見る機会が少なくないからか、現れる手がいつも同一人物のものではないことにはすぐに気付いた。どうやら、オフィス内にいる複数の〈手の人〉の間で、福井さんは「髪飾りを貸してくれる人」として評判になっているようだ。

その返礼のつもりなのか、福井さんの仕事に纏わる様々な雑事──例えば散らばっているはずのショッピングカートが綺麗に並べられていたり、片付けておかなければいけない備品が片付いていたりと、何かに付けて細々した手伝いをしてもらえるのだとか。

福井さんの髪飾りは、今も〈手の人達〉に貸し出されている、そうな。

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